感想:アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』
アニメ映画版『ジョゼと虎と魚たち』感想
※ネタバレ含みます※
最初に
私をターゲット層に当てはめるなら男性オタクであり、
本編を観たうえでこの映画のターゲット層は女性だと思っています。
割と序盤から
「女性向けに作られてるからこういうキャラ構成なのかな?」
とか考えていたので、そこから派生した考えが多いです。
何を書くにあたっても女性蔑視とかしているつもりではないことだけは予め書いておきます。
なんで実写じゃなくてアニメにしたのかは不思議。
今は実写よりアニメのほうが銀行融資が楽なのかな?
引きの視点が多い
作中の画作りとしてとにかく引きの絵が多かった印象です(カメラ技法的にはズームアウト?)。
恒夫が初めてジョゼの家に上がりこんだときは庭の草木や壁のカレンダー辺りから部屋を傍観しているかのような絵であったり、
電車の中では座席から、道を歩いているときは対向車線の木の合間から…と、まるで盗撮しているような視点から二人を見ている気分でした。
普段から男性向け萌えアニメを見ていると、基本的にキャラへのクローズアップは(作画コストを考慮しなければ)恐れずばんばんと使用しています。
これはキャラクタービジネルの一面から単純接触効果を狙ってキャラクターへの愛着を沸かしている面もあるのだとは思います。
私はその手法を見慣れているため『ジョゼと虎と魚たち』で遠くから二人を見るたびに、萌えアニメの「主人公視点」よりは二人の有様を傍から見ている「第三者視点」の心持ちでした。
女性受けを狙うならキャラクター個人へのフォーカスよりもカップリングを狙うものだとは思います。
そういう意味で、「恒夫」や「ジョゼ」と個人ではなく「恒夫とジョゼ」のカップルを画角に入れるためかな? とも思ったのですが、割と「恒夫」だけや「ジョゼ」だけのカットも序盤は特に多かったです。ここらへんは(車椅子との)身長差を意識させるためかもしれませんが。
それとコンセプトデザインがloundrawさんだからみたいなのもあるのかも。
コンセプトデザインの仕事の範囲がどんなものかはわからないけれど。
高校生向けぐらいの恋愛小説の挿絵だとloundrawさんが一番有名だろうから、キメの場面でそういうカットを差し込みたかったんだと思う。わかりやすいし。
関西弁
登場人物がみんな関西弁です。
良し悪しはともかく、ここら辺は配給系の企画が実写向けだったのでは?と思いました。
海外展開を考えたときにアジアの特定民族しか使用していないクソめんどうくさい日本語でかつその中でも地方でしか使っていない(語弊)関西弁を起用する理由is何。
ネット配信の一覧が載ってる公式のページ(https://lnk.to/joseetora)を観たら海外系の配信サービスがアマプラぐらいしかなかったので、そも海外は視野外なのかも。
(気になったので検索 ↓)
『響け!ユーフォニアム』の原作は関西弁使用率が高く(全員だっけ?)、けれどアニメ化の際には標準語にしていたので、そのほうが受けがいいのだと思っていましたが、今調べたら石原監督が過去のインタビュー記事で役者さんが集まりきらない的なことを話してました。
(「響け!ユーフォニアム2」監督・石原立也×原作者・武田綾乃対談 (2/4) - コミックナタリー 特集・インタビュー)
『ジョゼと虎と魚たち』のスタッフロール見返したら「方言修正(大阪弁/東北弁)」とありました。
普通に原作が関西弁だからそのイメージを損なわないようにした、みたいな感じなのかも。それかジョゼの口調がキツいから大阪弁であえて「大阪人だし口の悪さはまあまあ」みたいなイメージをつけさせたのかも?
まったく関係ないけど公式のページ(https://lnk.to/joseetora)にdアニ載ってないけど大丈夫だよね?いやまあさすがに疑ってないけど念のためね。
スパダリ
恒夫がスパダリとして描かれ過ぎてない?
この映画を一番「女性向け」だと感じた点が、ジョゼのわがままの黙認と恒夫の対応でした。
二人が最初に出会うシーンで、坂道を車いすで爆走してきたジョゼが道を歩いていた恒夫に激突するというものでした。
後から見ると普通に事故だし、これ無傷で済んだからいいものの後半同様に下半身動かなくなってた可能性だってあったけど……みたいなシーンだったのですが、そのあとに助けられたはずのジョゼが「変態!」とビンタ。
「始めたいのは恋か?喧嘩か?」(『恋愛ラボ』)
他にもジョゼは基本的に恒夫につらく当たり、やれ「クローバーを集めてこい」だの「畳の目を数えろ」など。
バイト代がいいからとダイビングショップのバイトメンバーと愚痴る人間証明しているけれど、結構人らしさはないと感じていました。
そんな人らしくない恒夫は悪役上司のジョゼを度々外に連れ出すまで至り、
なんか知らないけれど突然クビになっても贈り物を送り、
なんか知らないけれど不機嫌になって海に行きたいといってもついていき、
なんか知らないけれど車に轢かれてもジョゼの心配をして彼女に怒りはぶつけません。
いや、これで関係性を拗らせないの天才か?
ここらへん恋愛ストーリーとしては驚きで、恒夫とジョゼの間では一切ヘイトを溜めていないように見えてるのは本当に凄い。
その全部をダイビング仲間に背負わせたうえで、ストーリー的にジョゼが何をしても「でもジョゼちゃんはしょうがない」みたいな感じにしているところに脚本家の根の悪さ女性主体のストーリーとしての面白さが出てる。
ただ、恒夫が怒らないのはスパダリじゃなくて人間に興味ないキャラクターだからなのかなと後から思った。
だとしてやっぱり最後にジョゼを探す件で誰も怒らなかったから同情してるから怒らないも当たりなのかも。
映画の最後普通に丸く収まった風だけれどジョゼも恒夫もヤバイ奴みたいな終わり方だったの笑う。
そのほか好きだったシーン
一番最初の恒夫の日常生活のシーンで、研究室から明らかに理系の学部なのにバスの中で語学系の本を読んでいるアンマッチさに頭の中ハテナだったけれど、後から恒夫がメキシコに行きたがっている理由を知れて序盤のアンマッチさが解消されたのはのは結構面白かった。
ジョゼの絵本。絵本の内容のリンク具合がわかりやすくてよき。おい聞いてるか青い鳥。
人魚姫の部屋。ジョゼの部屋に入るシーンめちゃすこ。あそこだけで観た価値あった。
終わり
というわけで感想でした。
絵作りとか構図は面白いシーンが多かった。
シナリオは暗い面を隠してる感じが全部モヤモヤになった。
男女でどう感じたかは違うかもしれないから少しだけ確認するかも。
それと原作……気になるけど読むかは微妙。たぶんだけど原作と内容が結構違いそう。そんでもって原作がもっと暗い内容であることは想像に難くない(※あくまで想像となります)。
以上!
原作読んだら追記があるかも。
追記:
他の方の感想を読んだらとんでもないほど作品に対して肯定的だったからビビって追記更新。
いや、わかるよ?社会と隔絶してた少女が好青年と共に自立を目指せるようになって中盤で社会から障碍者へ与える圧を恋愛的な面に置き換えて少女側の内面を揺らしたうえでフォールポイントを起こし物語後半で自失した好青年に翼を与えてもらった少女側から自立を促すストーリーラインはわかっているはず。たぶん。
けどモヤモヤした気持ちがあるのは普段見ているアニメラノベでどうしても主人公への感情移入(感情じゃなくても立場を自分に置き換えるなど)が前提になっているからだと思う。今回も同じ気持ちでいると自分がジョゼに思っている気持ちと、恒夫からジョゼに想っている気持ちが乖離し過ぎててモヤモヤする。
それと、最初の車いすとの衝突事故と後半の車との接触事故が私の中では同等の扱いなのに、前半は漫画的表現で済まされて後半が現実的な表現で扱われているその差異が納得できていないモヤモヤがある。
たぶんこの2個をクリアしていなかったら、本編を観ている間にストーリーラインで感動するラインまでいけなかったんだと思う。
……という言い訳的前提をどうかお楽しみください(結論がないときの締め)